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ビルマの竪琴が奏でる日本とミャンマーの絆 2008年 04月 25日
◎米英に追随することなく、日本独自の外交政策を示すとき
「ビルマの竪琴」は名匠市川監督によって二回映画化されました。最初はモノクロでしたが、2度目はカラー撮りで、ビルマの自然の美しさや、パゴダに代表される、黄金色輝く伝統的な建築物など。こうした背景のなかで、水島上等兵の奏でる竪琴の音色は、私たちに大きな感動を与えてくれました。 ビルマは1987年にミャンマーに国名を変更、理由はビルマ族をブランマーと呼ぶことから、これが転訛したものとされています。ビルマは英語でバーマであり、英国植民地時代の英語訛を排除したものです。 ですが日本映画「ビルマの竪琴」を「ミャンマーの竪琴」に題名を変更したとしたら、我われ日本人には、どうもシックリとはこず、逆に違和感さえいだかせます。一昨年に、ヤンゴン郊外に小学校を建設・贈呈、そのセレモニーに出席した際、感謝状に添えて記念品としてビルマの竪琴を頂きました。彼らとしては、これが日本人に対する最高の贈り物と考えているように感じました。そしてビルマ民族と日本民族との間に、ビルマの竪琴を通して互いに結ばれている、太い絆があることを実感させられました。 第二次大戦中、この国は日本軍の占領下に置かれることもありましたが、1948年に英国植民地から独立、アウンサン・スーチーさんの父親であったアウンサン将軍は、独立の父として崇められ、その胸像があちこちに建てられています。またヤンゴン市内にはアウンサン・マーケットと名づけられた大きな市場もあります。 日本人ジャーナリスト長井さんの射殺事件で、日本のミャンマーに対する印象は、その前に比べ悪化した面もあります。しかし両国間には第二次大戦を通して、アウンサン将軍を始めとし、さまざまな人達との人脈もあって、そのことでお互いに近親間を持ち合ってきました。 先ごろ,ある新聞紙上に「ビルマ版6ヵ国協議を」との見出しで、ビルマ、中国、インド、日本、タイ、米国などで構成する協議会を立ち上げ、ミャンマーの民主化を促すべきだとしていました。その時には日本は議長国として、その存在感を十二分に発揮できる絶好のチャンスとすべきだと思います。 by tak-newcentury21 | 2008-04-25 07:03 | 岬町から平和のメッセージを
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